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2011.03.24 あれから13日
巨大地震が起きてから今日の14時46分で丸13日になりました。

ほんとにこの13日間は長かった・・・。やっと13日・・。

毎日毎日ニュースで悲しいお知らせばかり。
心が痛むことばかり。怖い原発

私の市内では場所によっては退去命令が出て避難所や引っ越していった方がいらっしゃいます
土砂崩れで生き埋めで亡くなった方々も・・。
うちのすぐ近所でも地割れがものすごい個所があり家の基礎が崩れ、
引っ越していった方も。

それに比べたら私はほんと恵まれてる
家屋も無事だし、今は電気も水も使えてるし
毎日温かいものが食べられる。家族も誰も怪我することなく無事。
これが本当に幸せな事なんだとしみじみを毎日感謝しながら生活しています

避難所の様子をテレビでみていてなにか自分にできないことはないか・・と
でもたいしたこともできずに募金することくらいしか・・情けない。



今、自宅に居ますが福島原子力発電所から80キロ程の距離。
特に屋内退避もない距離なんですがそれでもとても不安。心配症なのだ。
常に数値をチェック。

12日には一旦実家に行ったのですが、実家だと原発から70キロの距離。
少しでも遠いほうがいいと思いまた自宅に父と母と戻ってきました。

父は今月末で定年退職。まだ少し仕事があるのでいつまでも私のところにはいられない
結局父は最初の数日と一昨日と昨日だけ私の家で過ごしてくれました。


母は私が一人になるのをとても心配して
ずっとついてくれています。夫は仕事柄今回のことで忙しく走り回ってるため
帰りも遅い。とても私一人じゃ怖くていられない(←根性ナシ、弱虫ナンデス)

今日午後には父も母も自宅に帰っていきました。14日間母と過ごしました。
15年ぶりくらいに母と毎日一緒でした。





3月11日14時46分。

この時間の事を少し書いてみようと思います。

この日朝9時ごろ、実家の母から電話。「今日そっち行くか迷ってんだけどさ、いくべかな」

なんとなくこっちに行こうと朝起きて思ったそう。

私も「何もないならきたらいいべー」と。

午前10時半、母到着。
茶のみして軽めに近所の散歩に母と私とクッキーで。

午前11時。散歩終了。少し家の片付けやらなんやら。

正午。クッキー留守番させ、昼ご飯を外に食べに。

午後13時 買い物。

午後14時 夫から電話「ばあちゃんがまた肺炎っぽくて今病院いってる 」

午後14時28分 夫からメール「ばあちゃん落ち着いた 病院だしメール連絡OK?」

14時29分 返信「OKです」

このメールの時そろそろクッキー待ってるし帰ろうか~と店を出るところだった。
でも電池を買おうと思ってて迷ってた。
なんとなくもう帰りたいって思い別の日だっていいじゃん電地ぐらいさー。って帰る事に
(今思えばこんとき電池買いにいってたら・・店内で被害にあうことに)

帰宅した時の時間は覚えてないけど
夫にメール返信をしてから車に向かって乗って走って。。自宅ついて荷物おろして・・。
を考えるとだいたい10分かかるかかかんないくらい。
となると14時40分前後くらいには帰宅したことになる。

自宅着いてお留守番がんばったねーってまずはクッキーに骨を進呈。
買い物した荷物を開封してる最中、すんごくいやーな音が携帯から。

午後14時46分 「緊急地震速報 宮城沖で地震発生。強い揺れに備えてください(気象庁)」

ちょうどこの前日に地震があったこともあって母と大地震きたらどこに逃げたらいいかって
昼ご飯食べながら話してた事を思い出す。

このメールみてなんだかすごく怖い気がした。すぐに庭に逃げた。
もし家が倒れてきたとしても大丈夫な場所。周りに倒れるものがなにもない場所だ。
クッキーがなかなかきてくれなくて母が骨をとりあげて庭に投げた。

庭でてすぐに軽い揺れが、その後ものすごい揺れがおそう。
私はあまりの揺れに庭に倒れこみ耳を抑えてひたすら終わるのを祈ってた。
いつまでも強い揺れが収まらない。なんだこれもうみんな死ぬのか?!

何分たったんだろう・・やっと揺れが収まってきた。ふと我にかえると
クッキーが私の横にぴったりくっついていた。
母は私をかばおうと私の上に覆い被さって守っていてくれた。

あまりの揺れの長さ、そして強さ。今までに感じたことない。
ものすごい恐ろしいことがおきたんではないかと。

近所から悲鳴のような聞こえる。ますます怖い。

着信がなる
夫の弟からだ 「大丈夫?無事?」と・・。

私はその後震える手ですぐに父に電話をした。

なかなかつながらずイライラ。
繋がった!「お父さん?地震大丈夫?」

父は「大丈夫だ。そんな事よりお母さん家に一人でいんだ。それだけが心配だ」

私「あ!今日お母さんこっちきてる!今一緒」

父「あああああよかった。ほんとよかった」



恐る恐る家の中に戻ってみた。。。

足の踏み場がない。棚のものはすべて床に落ち破片が飛び交っている。
テーブルのものもすべて。

ああ、外に逃げてよかった。ここにいたらクッキー足が血だらけになっただろう。
私たちが買い物から帰ってきてなかったら・・と思うと恐ろしい。

50キロあるテレビがあとほんの数センチで命拾いしてた。間一髪でテレビ台から落ちるとこだった。
キッチンからは皿コップ割れて散乱。足の踏み場もない

玄関にはガラス系のものを飾ってたんでもちろんガラス破片だらけ。
トイレから玄関まで水びだし・・。電気もつかない。水もでない。言葉をうしなった

とりあえず片付けしなきゃ・・・重い腰をあげたけど、
電気つかねえ・・掃除機つかえないじゃん・・・

落ち着いて、携帯をいじる。夫からメールや千葉の姉からメールがきた。
うちから50キロほど北に住む妹にもメール。埼玉の兄にもメール。とりあえず身内の片っ端からメール。
みんな無事だった。(兄だけは次の日の早朝に返事だったが)

しばらくするとまた揺れる・・ああまただ・・
再び庭に。また少し強め。雪がいきなりふぶいてきた。しかも雷まで。
なんだこりゃ地球滅亡か?!などと頭がおかしくなってくる

二時間くらい後に再び速報メール。もういや、この着信音はとっても恐怖になってしまった
いまだにドキっとして心臓がバクバク。
ちょっと揺れるだけでもうバクバク。最初の大揺れが体に恐怖を刻み込んだ。

いまだに余震が続いてる。落ち着いて家事もできない。
今日の午後までは父と母がいてくれて少しは気がまぎれたが今は一人。なにをしていても怖い。

電気は当日の18時に復帰。水は16日にやっと復活。断水してるとほんとに不便

でもこんなくらいで不便だ、怖いよぉ~なんていってられない
もっとすごい被害がおきた方々が大勢居る。
そう思うと自分が恥ずかしくなる。弱虫だなって。











今現在スーパーでは品不足続いてる。牛乳もパンもない
レトルト食品、飲み物もガラガラ。やっと今日すこしずつ増えてきたようだが。

放射能物質の問題もこれ以上広がると大変だ。水も怖くなってくるし
野菜も食べられなくなるのでは?!などと心配ばっかだ。

クッキーのフードがいつも買ってる店にいったら、被害があって閉店。
買えない・・いろんな店まわってもなかなかないのだ。ペットフードも売り切れが多い
なんとか3店舗目でみつけた。なんだか戦後の(戦後を知らないが)気分。


14日の携帯カメラで。↓実家にて。

2011031421040000(1).jpg

私の不安がわかるのか。心なしか元気が無い。
私が元気にならなきゃ!クッキーも不安だよね












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みなさま・・地震の被害は大丈夫でしょうか

私たち家族は無事です。
え?誰も心配してないって?(泣)

ネットもいまやっと復旧してやっとこアクセス。


こちらもものすごい地震でうちの地域は震度は6強でした。

今までに体験したことのない揺れで大袈裟かもしれませんが
一瞬「死」をほんとうに考えました。

ゆうべも余震に怯えて一睡もできてません。
夫は仕事柄あちこち復旧作業のお手伝いやら・・家を留守にしています
なので昨日からたまたま来ていた母と地震後に駈け付けた父と
クッキーとみんなで一緒に居ます。心強い。


とりえあず無事っす!

地震の本当の恐怖を知りました。こわい・・
家の中もめちゃくちゃになりました。いまだに水道もとまっています



県内でも多くの方が津波の被害にあっています



被害にあわれた方、、どうか無事を祈っています



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